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第四十一話

last update Last Updated: 2025-05-11 20:43:51

「部長がいるからって諦められるぐらいの気持ちなんでしょ!」

叫ぶように言った日葵を、真剣すぎるほどの壮一の瞳が射抜いた。

「そんなわけあるか!」

声を張り上げた壮一の言葉には、これまでの葛藤が滲んでいた。

「お前といるのが苦しくて……でも、会いたくて。そんな気持ち、お前にわかるか? 俺はずっと、自分の強引さで日葵を傷つけてきた。もう二度と……俺の勝手で、お前の幸せを壊すわけにはいかないんだ。だから俺は……」

振り絞るように言ったあと、壮一は掴んでいた日葵の腕を離し、自分の手を爪が食い込むほど強く握りしめた。

そんな壮一の姿に、もう耐え切れなくなった日葵は、その腕の中に飛び込んだ。

一瞬、壮一の腕が反射的に日葵を抱きしめようとするも、どこか躊躇うように、その手は中空に戻る。しかし、それでも日葵は胸のうちを言葉に乗せて、必死に語った。

「じゃあ……ずっと捕まえててよ。もう、私が不安にならないように。崎本部長には、ちゃんと謝ってきたの……あんなに素敵で優しい人なのに」

子どもの頃のように泣きじゃくる日葵を、壮一は困ったように見つめた。

「ひま……俺、本当はこんなに情けない男なんだよ。いつもカッコつけてただけでさ」

弱く、探るようなその声に、日葵はキッと睨んだ。

「そんなの、もう知ってる!」

「それでも、俺がいいのか? お前を、何度も泣かせたのに」

「それでも……それでも、そうちゃんがいいって思っちゃったんだから、仕方ないでしょ!」

その言葉に、壮一は小さく苦笑する。

「……やっぱりバカだな、日葵は」

言いながら、そっと視線を逸らす日葵を、ついに壮一の腕が強く抱き寄せる。息が詰まりそうなほどの力に、日葵は思わず胸を叩いた。

「ちょっと、そうちゃん……苦しい……」

それでも、その腕の温もりが嬉しくて、恥ずかしくて、視線を逸らそうとする日葵の頬を、壮一の指がそっと掬い上げた。

「……やばい。嬉しい。もう一生、泣かせない」

そう言って、これまでどんな時よりも近い距離で——日葵の唇が優しく塞がれた。

「んっ……!」

初めてのキスに戸惑いながらも、壮一は迷いなく、その想いを深く刻み込むように日葵を包み込んでいく。

「そうちゃん……もう……無理」

切れ切れに声を漏らした日葵を、壮一はさらに抱き寄せ、耳元でささやいた。

「絶対にもう二度と、お前を泣かせない。……大好きだよ」

その言葉に
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